教室通信

展示会の写真

今年もあとわずかになりました。月日は矢のように過ぎていきます。そんな日々の中で教室では例年のように展示会・バザーとランタン行列を行いました。展示会は好天に恵まれ外の食べ物のブースでも暖かくて気持ちよく過ごすことができました。他のシュタイナー関係の行事と重なったため、心配されましたが、たくさんのお客様方も来られ、にぎやかな一日となりました。改めて、教室のお母さんお父さん方の集客力に驚かされます。また、ランタン行列は風が強く、川の方まで降りていけませんでした。これまでのランタン行列で初めてのことでした。雨が降ったときも傘を差しながら行列しましたが、風の方が問題なのだ、と改めて気づかされました。そして、これまで一度も中止することなくやって来られたことにあらためて感謝です。大人にとっては、日々の中の行事をこなしていく事柄の一つかもしれませんが、子どもたちにとっては、成長していく中で、それを支えていく原風景の一つになっていくものだと思います。そのことを、最近になってよく考えます。私の家は農家で、収穫した米(もみ)を裏庭でほしていました。編んだ広いむしろの上にもみをレーキで広げていました。今眺めると、とても狭い庭ですが、とても広かった記憶があります。モミのにおい。むしろのにおい、お日様のにおい、裸足の足の裏に伝わるむしろの感触。これらのことが、自分のエネルギーが切れたときに、とても助けになったような気がします。親にとってみたら、日々の仕事の一コマであり、一生懸命に働いていただのことかもしれませんが、子どもにとってはそれが大きな支えになることがあるように思います。これから、またクリスマスに向けて、行事が続きます。子どもたちにとって、内側で灯る、ずっとずっと残る明かりになってほしいと願います。

皆さん、楽しい夏休みを過ごしましたか?ここに掲載した写真は、8月の5日と6日に脇山のキャンプ場での合宿の写真です。いい天気に恵まれとてもきれいな夕焼け空になりました。そんな中、一つの雲がトンボのような形をしていたので取りました。羽根の形をした黄色っぽい明るい雲は、胴体のピンクの雲より上の空にありますが、ちょうど重なって巨大なトンボが出現しました。空は時として素晴らしい形を生み出します。それにしても、どの雲を見てもわざとらしさがなく、美しい姿をしているのはなぜだろうか、と考えてしまいます。見えている雲の周りには、目に見えない空気の動きがありその空気の動きによって雲の形が生まれてくるのですが、その空気の流れが、そこだけでなく空全体でつながっているからではないか、と考えています。全体の動きを常に関係性を持つことで、美しく感じる均整の取れたフォルムが生まれるのではないでしょうか。自分自身も空を見習いたいと思います。合宿では、たき火、冷たいドラム缶風呂、ピザづくり、すいか割り、などみんなで一緒に楽しい体験をしました。始めて作ったピザのおいしさが忘れられません。普段、教室でしか会えない子どもたちと長い時間一緒に過ごすことで、子どもたち同士の関係もより深いものになっていくように思います。準備にかかわっていただいたお母さん方、お疲れさまでした。私はこの夏、東京での講座やライア作り、デーブスさんの講座、音楽療法の大会の出店などで例年にない特別の忙しさでした。その分、たくさんの経験をすることが出来ました。それも、何とか乗り切り、少し静けさが戻っています。仕事の合間に訪れた東北の風景と風が心に残っています。たくさんのことを体験した子どもたちと、また楽しく教室を進めていきたいと思います。

春が駆け足で通り過ぎていきました。ソメイヨシノから八重桜やフジ桐と続き、今は若葉が満開です。その柔らかい肌触りと透けた明るい色合いは心にしみてきます。風が吹いたりすると、気持ちまで遠くへ持っていかれそうです。この季節になると、大学時代に山などに出かけて行ったことを思い出します。リュックを背負って、北海道を旅した時の感じも思い出します。樹々は、この季節にぐんぐんと伸びていきます。ひと月の間に、小さな芽から一本の枝に成長します。木の芽はその時のお日様と対話しながら、暖かさと風に支えられながら、枝ぶりを形作ります。その時の導き手は葉です。木の芽は葉を広げながら、自分の道筋を作っていきます。まさに成長している時に、植物は光でその葉を満たし、輝かせます。そして、その形を固め、葉を硬くしていきます。植物が透けるのは、成長の表現です。植物が柔らかいのは成長の表現です。しかし、この時期の植物は一番外敵にやられやすくもあります。カニなどの甲殻類も、脱皮したての殻はとても柔らかく、外敵に狙われます。成長と危険は隣り合わせにあります。それでは、危険を避けるために、硬いままにしておけばいいか、というとそれでは成長することが出来ないし、心を光で満たすことが出来なくなります。我が家の山椒の木は買ってきたとき、春先にほとんどの葉がアゲハチョウの幼虫にやられてしまいました。幼虫を取っても取っても、気が付くと葉がやられていて、アゲハの幼虫がせっせと食べていました。葉を全部やられ、あきらめかけていたら、しばらくしてまた新しい芽ができ、葉が出始めました。今では、その勢いが強く、とても幼虫たちの出番ではありません。植物たちは、様々なことを教えてくれます。

今年は春の訪れが遅かったおかげでサクラの花を十分に堪能できました。 不思議なことに今年のイースターが遅いのに合わせて春の訪れも遅くなっているようです。ドイツの方でも、数日前に雪が降ったようで、サクラやリンゴやナシや木蓮の花盛りだった上に雪が降り積もったことだと思います。ドイツのこの時期の雪は珍しいように思います。今年のイースターは4月の16日でした。イースターのお祭りは春分の日をすぎて最初の満月の後の日曜日、と決まっています。それで、早い時は3月の終わりごろ、遅い時は今回のように4月20日ごろになります。先日満開の桜の後ろに満月を見たときに、いよいよイースターだと実感しました。 ヨーロッパの合理的な国のお祭りにしては、日にちが固定されていない、不思議な祭りです。 それと、自然界が呼応しているのも不思議です。近年、太陰暦のカレンダーが脚光を浴びていて、いろんな分野の方々が月の動きを参考にされていると聞いたことがあります。私たちの周りにはまだまだ不思議なことがたくさんあるようです。
数週間ぶりに日本に戻ってきて最初に驚いたのは、風景の明るさでした。周りの木々もさることながら、空気自体が明るく輝いている感じでした。ドイツでは南の端で、やっと北海道の緯度にあたります。改めて、自分が住んでいる環境を再認識することが出来ました。 それとともに、長い間、問だった、<葉を落とした樹々の枝ぶりから生まれる雰囲気>についても新たな理解を得ることが出来ました。また、美しい風景の美しさはどこから来るのだろうか、など根源的な問いにも少し答えが見いだせた感じです。 これから、木々や草の緑がより輝き、空気も明るさを増してきます。この季節の移り変わりを、子どもたちと一緒に深く体験していきたいと思います。

今年の春は、桜の時期に暖かくならなかったので、毎年見ることのできなかった桜を今年は見ることが出来ます。自宅の近くの公園も満開です。 入学式も満開の桜の中で祝われることでしょう。日本は桜で有名で、あるときドイツ人に聞かれました。「日本の桜はさぞかしきれいだろうね。」「とってもきれいだよ。」「でも、実はならないけどね。」「どうして、日本人は実がならない桜を植えるんだ???」「理解できない!」と驚かれました。今回出かけたドイツでもサクラの花はたくさんあります。サクランボがたくさん取れる国で、サクランボのジャムやお酒、ケーキなどがたくさんあります。どこが、日本の桜と違うのだろう? なぜそんなに日本の桜は特別扱いにされるのかと考えました。 ドイツのサクランボが実る桜はどちらかというと、白っぽい花が多い気がしました。木の幹も少し明るい色合いのような。それに、黄緑色の葉も少し出ているように思います。この時期には、他の樹の花も咲き始めます。リンゴ、洋ナシ、モクレン、少しすると栃の木、そんな中で桜の花はそれほど目立ちません。 日本の空港について列車に乗っていると、あたりが桜の花盛りでした。周りにほとんど花がない中で、薄ピンク色の桜の花が整然と並んでいました。そして、これが日本の桜なんだ、と思いました。 よく、外国の人が行ってみたい国として日本が上位に上がります。ヨーロッパアルプスや美しい丘陵地帯、美しい街並みを持つ人たちが、どうして日本に魅力を感じるのだろうか?と少し不思議に思っていました。 帰りの飛行機の中で、新潟当たりの上空から見た、雪を頂いた山々は、ヨーロッパの山とは全く違う様相をしており、違った神々しさを感じました。少し離れてみると、私たちが持っているものが少し意識されてくるように思います。

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